履修生によるフィールドワーク紹介 落合志保

開拓地、石垣島における共同売店

私は8月下旬から9日間、石垣島にある共同売店を調査しました。1906年に沖縄本島国頭村の奥集落で始まった共同売店は、集落全員で出資し、集落の人が経営し、利益は集落に還元されるシステムの売店です。共同店、協同店、購買店と呼ぶところもあります。商品は、パンやお菓子、調味料、飲み物などの食料品、文房具やたばこなどです。昔は、ガソリンも売られていたそうです。もしかすると、沖縄に行ったことのある人は見かけたことがあるかもしれませんね。

共同売店は、集落(字)を単位にしたもので、農業中心の生活の時代では「掛け」で商品を購入し、農作物を収穫し売る時期になると、まとめて今までの商品代を支払ったといわれています。また、電話が一家に1台なかった時代は、共同売店に設置した電話を共同で使っていました。電話がかかってくると、村内放送で「●●さん、電話がかかってきていますよ」と知らせたそうです。共同売店は地域の生活に密着した売店でした。

沖縄本島の国頭村奥集落から始まった共同売店は、本島全体、奄美大島や石垣島、波照間など離島にまで広がりました。1960年代には約180店ありましたが、近年は車の普及や、大型スーパーの進出により約70店に減少しています。休業・復活を繰り返している地域も少なくありません。

石垣島の北部のジャングルのような土地は、戦後、沖縄本島から入植した移民によって、開拓されました。当時の開拓先には売店が少ないため、人びとは食料を買いに行くのに長い道のりを歩かなければなりませんでした、そのため開拓移民は、故郷の村にあった共同売店のシステムを、開拓先に持ち込み、歩いていける距離に設置したのです。

石垣島の共同売店は、昔と比べ減り、現在は、星野、伊野田(いのだ)、明石(あかいし)の3店です。調査では、この3店の主任(経営者)に主にお話しを伺いました。各店、共通して大型スーパーで買い忘れたものを購入するお客さんや、飲み物、たばこを買う方が多いそうですが、星野、伊野田は国道沿いに立地されているので、自分の地域の人々だけでなく、観光客や他地域のかたの利用もあるそうです。伊野田、星野ではお客さんからもお話を聞くことができました。お客さんにとってはゆんたく(おしゃべり)を楽しむのも共同売店を利用する理由の一つなのです。実際、伊野田共同売店では、主任から話を聞いている30分ほどの間に、店の奥に設置されているテーブルを囲んで、お客さんが入れ代わり立ち代わり、ゆんたくする風景が見られました。

多くの方から地域にとって共同売店にどのような役割を果たしているのか、話を聞きました。語られたその下に、どんな見えない力が作用しているのか、その力は何から生まれているのか、社会学を通して明らかにしていきたいと考えております。

(落合志保)

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