小倉ゼミ

担当者:小倉 康嗣 准教授
ライフストーリーの社会学――他者の生と自己の生との出会いと対話


東北のフィールドワークから
帰着した東京駅にて

他者と出会い、関係をつくっていきながら、その人の生きられた経験に耳を傾ける――〈ライフストーリーの社会学〉とは、他者の人生をインタビューし、語り手の生きられた経験を理解せんとしていくなかで、聞き手である自分自身の生をも問われ、その相互行為から現代社会における生と社会のありようについて洞察・考察していく質的調査研究です。

現代社会はいま、人間の生(life)のあり方がその根本から問われてくる歴史的変革期にあるといえるでしょう。生きる意味とは何なのか、人間がよりよく生きる・豊かに生きるとはどういうことなのか、その人間の生にとって社会はどうあるべきなのか、さらには人間社会と自然との関係をどう考えるべきなのか、といった原的な問題がするどく浮上しています。

このとき、人間をあらかじめ定められた既存のカテゴリーに還元して了解してしまうのではなく、試行錯誤しながら生きんとする具体的な個人の経験の足跡・プロセスこそを物語性(生きられた経験への主体的な意味づけ)を大切にしながら理解し、そこに文化や社会をつくり変えていく人間の創造的契機を見ようとする〈ライフストーリーの社会学〉が要請されてくるわけです。


被災地を歩く

「自分のことを話さないと、ちゃんと聞けない。自分が背負っているものを話さないと、相手は深いところを語ってくれない」という学生の声からもわかるように、他者のライフを聞くという行為は、たんに受け身で話を聞くことでも同調することでもありません。自らの生(実存)を投企するきわめて主体的な行為です。そして、まさしくこの相互行為から生み出されるものこそがライフストーリーです。 他者の生と自己の生との出会いと対話から生成するライフストーリーを通して、人間経験の意味とその歴史的社会的背景への理解を深め、ひるがえって自らの生き方・自らが生きる社会のあり方を問いなおしていくこと。それが、小倉ゼミのミッションです。

担当教員である僕自身は、とくに受苦(パトス)的経験から生成されていく生と、それが創造的な契機となって新たな文脈を生みだし社会を変えていく、そんな局面に関心を寄せて〈ライフストーリーの社会学〉をしています。

小倉ゼミの心得


ゼミ合宿ミーティング

①〈生き方としての社会学〉〈参与する知〉にこだわりたい。

「あたりまえを疑う」ことを教科書的に了解するのではなく、社会学することが自らの生き方・生きる力にどうつながっていくのかということを意識しながら、社会学のもの見方・考え方を体得したい。他者や社会の問題を、あくまで現代社会の当事者として生きる自分自身の「生」との関わりにおいて考え、議論しよう。

②自らの「原問題」を大事にせよ。

上記心得①を実践していくために、自らの「原問題」にまで降り立とう。「原問題」とは、調査研究のために戦略的に設定する問いやテーマの根っこにあって、おのれを突き動かし、生きるための課題として自覚されてくるもの。それをとことん掘り下げていくなかに、時代が抱える問題を発見せよ。問題意識に禁欲は禁物だ!

③自分自身を豊かにしていく時間だと思って臨むべし。

ゼミは、自らの純粋な問題意識を議論の場に解き放ち、皆の胸(他者の身体=経験や感情)を借りながら対話できるという稀有な機会。そんな贅沢な時間をどうか無駄にしないように。この意味で、ゼミの発表者は、自分にとって価値ある時間にすることだけを考えてやってよし。ただしその価値を、深く深く考えよ。

④失敗を厭わず、愚直に。

ゼミは失敗が許される場である。表面的な議論の完成度よりも、正直なコミュニケーションを重視したい。上記心得①~③を実践していくためにも、迷いのようなものも含めて愚直に議論しよう。

卒業論文タイトル

論文
タイトル
  • 摂食障害から見えた生きる技法――生きるために諦めるという選択
  • 「活力に満ちあふれた」時代を生きる――「○活」「○○力」にカモフラージュされる自己責任の社会化
  • 目に見えない不平等――個人化される「意欲の貧困」
  • 友人をもつことの意味――〈はかなさ〉と〈やすらぎ〉と
  • 環境保護と贈与とエロス――なぜ私はやさしくなれないのか
  • “人の良い”人間はなぜ損をするのか――思いやり世界にとらわれる私
  • 〈幻想〉「と」生きる――仮構解体のそのさき
  • 無根拠時代のアイデンティティ――曖昧さと向き合う
  • 「自分らしさ」という生きづらさ――他者との比較とどう向き合うか
  • 目標の見えない社会でどのように生の充足が得られるか
  • 現代日本社会に潜む過剰な欲望――なぜ消費し続けても満足できないのか
  • 豊かさとは何か――格差論再考
  • 〈一人称〉からの社会学――それでもなぜ生きつづけるのか

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